お侍様 小劇場

     “少しずつ秋めく” (お侍 番外編 119)


暑さも半端ないまま、
それでも何とかお盆を過ぎた夏ではあって。
西日本ではまだまだ熱帯夜が終わらず、
熱狂のロンドン五輪が終わっても
眠れない晩がまだまだ続いているそうだけれど。

 「陽が落ちると随分と過ごしやすくなりましたよね。」

日頃は凛々しくもしゃんとしているものが、
どういうものか夏の暑さにだけは弱い七郎次が、
見るからに涼しげな微笑み浮かべて嬉しそうに口にするのへと、

 「……vv(頷、頷)」

そうだねという相槌以上、恐らくは“良かったね”との意を込めて。
そちらさんは日頃の鋭角的な眼差しを ずんとゆるめての柔らかく、
甘い微笑を浮かべて大好きなおっ母様へとまとわりつく、
次男坊こと久蔵だったりし。
ふんわりと柔らかなくせのある金の髪が、
けぶるようになって額へも降りたその陰で、
端正なお顔に映える、紅色の双眸が一心に見上げて来るのへ、

 「ええ、大丈夫。」

いつもいつも案じさせてごめんなさい。
先だっても一刻でも早く済むようにって、
暑い中の草引きを手伝ってくれましたものねと。
繊細な笑みと共に、
優しい白い手が頬をそおと撫でてくれるのへ。
ううんと含羞みながらかぶりを振るのが、
何ともたどたどしくて愛らしいものの。

 “…の割に、先日の補佐任務では、
  特殊警棒だけで、
  ヘビー級のボディガード半ダースを瞬殺したのだが。”

経済新聞へと視線を落としつつも、
その内心で苦笑交じりに呟く勘兵衛だったりし。
島田一族の人間は、
どんなに才や技量に恵まれていようが、当人も許諾していようが、
基本として成年となるまでは、
正式な“務め”を授かれる立場にはなれぬ。
任務を配される立場の一員となるのは、
名乗りあげという儀を経てからで。
だが、だからといって、
何の基礎もない身で いきなり、
超法規的で且つ、凄まじく危険な任務をこなせるはずもなく。
一族に生まれた子供らは、
幼いころから自然なこととして身体的な鍛練を積むし。
それと同時に、自身の周囲の大人たちが、
様々なところでそれは優れた達人たちでありながら、だが、
それを目立たせてはならぬと、その身でその挙動で示すことで、
徐々に自分の生まれというものを悟ってゆき。
ある程度まで長じたら、何とはなく察しもついて来るのを、
周囲も何とはなく見取ってのことながら、
先で もしかして途轍もない働きをこなさねばならないからと、
厳しい仕事の補佐を募っているのだがという話が、
十代半ばを越すと振られるようになる。
ちょうど今の久蔵がその年頃であり、
とはいえ、本来はまだまだ伝令や見張り、
標的の注意を逸らすためのオトリなどという、
一般の素人でも出来るような役回りが大半のはずが。
どれほどその技量を見込まれている存在か、
幼いころから群を抜いて辣腕ぶりを発揮していた彼だからだろう。
本命相手ではないにせよ、その周囲を固めていた顔触れ、
手ごわさでは本命以上のSPを畳む役回りを
振られもする評価のされっぷりだそうで。


 草の皆さんから中枢へ、
 こっちの顔に関しての報告は飛んでかないのでしょうか

  答え;勘兵衛様がお手元においてらっしゃるのですから

  ……ははあ。(ある意味、言葉を濁しましたね・笑)


一族の上位格、宗家へ運ぶことの出来る皆様の間では、
こっそりとながら
天女か菩薩かとさえ言われておいでの七郎次さんが相手。
そりゃあ表情だって和むでしょうし、
甘えてしまいもするというもの。
むしろ、ああまで間近で共に生活なさっているのに、
優しい心根へ呑まれてしまわれることなく、
任務では凍るような冴えた顔になり、
ああまで果断な行動が取れるとはと。
勘兵衛様ばりに切り替えをこなせるなんて、
これは先が楽しみな逸材だとばかり、
むしろ、そういう点を買われるネタになっている…というのは、
七郎次の耳へ入ったら眉を曇らせるかも知れぬほど皮肉なことかも。
それもあってのこと、
特務をこなす名乗りあげをしていない七郎次へは、
これ以上の心痛を抱えさせる訳には行かぬという順番で、
絶対に悟らすなという箝口令が敷かれてもいるのだが。

 「久蔵殿には、
  合宿がなくて物足りならなかったのではありませぬか?」

少しほど早くなった落陽のせいだろう、
窓からそよぎ込む風も一段と涼しい、
リビングのテーブルへ食後のお茶の支度を整え。
きめの細かいムースケーキを“どれにします?”と選ばせながら、
優しい目許を伏し目がちにしたまま、そんなことを囁く罪なお人へと、

 「〜〜〜〜〜。///////(否、否、否)」

どこへもやらないでと同意なほど切なげに、
そんなこと言わないでと訴えんばかりの懸命な眼差しで、
かぶりを振った次男坊だったのへ。
ああこれは困らせてしまったようだと、

 “そこは天然でも気がつくだろうさ。”

こちら様はそこは大人だからと、
晩酌のサワードリンクを勧められた勘兵衛が、
内心でそうと察してこっそり苦笑をしておれば。
ごめんね ごめんなさいと、延ばされた手をとってのそれから、

 「お家に居てくれて私もどれほど頼もしいと助かっていることか。」

  なぁんて言いようをするのだもの、おっ母様。

 「…………っ☆」

グラスの陰になった精悍な口元、
ついのこととて吐息つき、苦い苦笑を浮かべた御主だったのは、
決して炭酸が少なかったからではなかったと思う人、
遠慮なく手を上げて。





  ◇ おまけ ◇


 「そうそう、勘兵衛様。」

湯がいた枝豆と、トウモロコシとタマネギのかき揚げと、
お酒のあてにと並べ。
運んで来たトレイをテーブルのわきへ置いた手が止まり、
何をか思い出したらしい七郎次が、
だが、すぐ傍らにいる久蔵へちらと視線をやったのは、
彼にまつわる話だからだろう。
そして、

 「〜〜〜〜〜〜〜。/////」

おや、七郎次の持ち出す話だというに、
少々不平を鳴らしたいかのような空気を醸したとは珍しいことよと、
勘兵衛としてはそちらが気になっておれば。
玻璃のような水色の瞳が座った目許を細めて
楽しそうに微笑った女房殿、
ふふと微笑ったそのままに語り始めたのが、

 「いえね、今日はちょっと遠出をしてQ街まで運んだのですが。」

秋になれば、お彼岸もあるということで、
そちらでのご挨拶へ添えるお届けものを揃える事情があってのこと、
盆が過ぎての秋物を用意し始める、
老舗のあちこちを覗きに行ったのだけれども。

 「それへとついて来てくれた久蔵殿へ、
  そりゃあ可愛らしい娘さんたちが声を掛けて来たのですよ。」

 「おや。」

まだ夏休みですから私服姿じゃありましたが、
髪が明るい色合いなのは自毛のようで、
どちら様も品のいいお嬢さんでと。
そうそう人を悪く言う彼じゃあないが、
それでも随分と持ち上げた挙句に、

 「久蔵殿にお手紙を差し出して、
  秋にでも会える機会が作れればというようなお言葉、
  きっぱりと仰せだったのですもの。
  さては これは恋文かと思うじゃありませんか。」

ますますのことお顔をほころばせ、軽やかに笑うところといい、
こういう話はこびであることといい、
そうではないらしいというのがもう見えており。
だがまあ、久蔵が落ち着けない様子でいるのは、
肩透かしだったからじゃなく、
選りにもよって七郎次からそういう誤解をされたことだろうと
そこは勘兵衛にも察しがついた。
果たして、

 「ほら、昨年でしたか、
  久蔵殿がゴロさんをお手伝いした
  タコ焼きの夜店があったでしょう?」

あの折の途轍もない売り上げを聞いて、
今年の夏祭りでそれを抜くぞと
意気込んでらしたらしいお嬢さんたちだったみたいで。

 「ところが、今年はいつものおじさんが来てくれましたから。」

久蔵どころか五郎兵衛さんも、
お客さんのほうへ落ち着いていたがため、
こそりと同時対決を狙ってでもいたか、
そんな彼女らとしては
勝ち逃げされたくらいの感覚になってしまったようで。

 「それでのこと、秋のお祭りかどこかで、
  再戦出来ればという果たし状をもらってしまったのだとか。」

 「それはまた、勇ましい話だの。」

本当に可愛らしいお嬢さんたちでしたもの、
少しでも縁が出来たらよかったのにと、
七郎次としては、そちらこそが残念だという口ぶりで。
そして…そんな誤解を抱えたおっ母様だと、
ピピンと来ている久蔵の勘のよさ、
他では働かぬ分も掻き集められている鋭敏さなのだろなと。

 「〜〜〜〜〜。」

仄かに不満げ、
視線が揺らぐ久蔵を和んだ視線で眺めつつ。
こちらもこちらで、
微妙に的を外したことへ、
苦笑が絶えなかった勘兵衛だったりしたそうな。






   〜Fine〜  12.08.18.


  *何だかなぁな、お話ですいません。
   おっ母様のそばで過ごせた夏休みは、
   次男坊には至福のそれだったに違いなく。
   緑したたる庭先で微笑っているシチさんとか、
   小汗をかいた額を拭う白い手がきれいなシチさんとか、
   勘兵衛様には とんとお見限りの昼間のシチさんの色々を
   胸のうちのファイルへ たんと収納なさったことと思われます。

   アダルトな勘兵衛さまには
   夜更のお熱いショットの方がいいですか?
   含羞みつつもその手を拒まない恋女房の潤んだ瞳とか
   ……野暮なこと訊いてすいません。
   お仕置きされるのは怖いです。もうしません。


  *おまけは
   先日の仔猫と女子高生コラボの続きみたいなもんです。
   彼女らの奮闘も結構な売り上げをたたき出したようですが、
   さすがに二晩で千箱には敵わなかったようで。
   しかも一夜限りの“勝ち逃げ”されたのへ納得行かぬと思ったか。
   Q街でたまたま見かけたのを追っかけつつ、
   果たし状もどきをしたためるとは、
   尋常じゃあない女子高生には違いないと思います。
   七郎次さんもツッコむ方向が違うぞ、お〜い。(笑)

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